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『セッション』:情熱過多な指導者と新人ドラマーの熱い魂の交流、と思ったのだが……

 

『セッション』

 2014年に発表されたアメリカの音楽/ヒューマンドラマ映画。監督・脚本は2016年に『ラ・ラ・ランド』でその名を世に知らしめたデミアン・チャゼルです。第87回アカデミー賞では5部門にノミネートされ、J・K・シモンズ助演男優賞を含めた3部門での受賞を果たしています。

あらすじ

 偉大なジャズ・ドラマーになることを夢見て、米国随一の音楽学校シェイファー音楽学院に入学した主人公のニューマン。その学校には高名なジャズマンにして、大学バンドの指揮を取るフレッチャーという有名教授がいた。

 ニューマンが学内でドラムを練習しているとき、たまたま通りかかったフレッチャーが彼を目に留め、彼はフレッチャーのバンドに招かれることになる。だが、フレッチャーの指導は度を越したスパルタ式であり、罵声や暴力は当たり前。ニューマンもメンバーの面前で何度も屈辱を味あわされる。

 それでもニューマンは情熱と練習量でその指導を乗り越え、なんとかバンドの正ドラマーの地位を獲得する。しかし公演の当日、ニューマンは事故により開演時刻に遅れてしまいメンバーから外される。逆上したニューマンはフレッチャーに食って掛かり、暴力行為として学院を放校されてしまう。他方でフレッチャーも過度の指導によって団員が自殺してしまい、学校から追放される。

 それからしばらくの時間がたち、ニューマンはカフェのバイト帰りに目にしたジャズバーの看板でフレッチャーが客演することを知って思わずその店に入る。すると久しぶりに再会したフレッチャーは、バンドのドラマーを探しているとニューマンに持ち掛ける。そして……という話。

 

感想

 スパルタ教師だが音楽への情熱は本物で実は学生思いという人物像は、好みは分かれるだろうし、いまなら即アカハラでクビになる(実際映画でもそうなった)とは思うが、ネガティブな衝動をばねにしてここまでやってきた自分としては実はけっこう共感できるのである。やはりある程度他人から厳しいことを言われないと自分の限界を超えることはできないだろうし、世界トップクラスを目指すともなればなおさらだろう。

 本作はそんな音楽家(の卵)たちの鬼気迫る生き方を、独特の見上げるようなカメラワークで鮮やかに映し出した佳作である。主演の二人はもとより、セリフすらないバンドのメンバーたちのいかにも音大にいそう感を醸し出したキャラ立ちも、全体的に異常な雰囲気を当たり前として呼吸している音楽家の世界という状況をよく表現していると思う。

 

 

ここからネタバレ

 

 

 と思ったのだけど、最後はあかんやろフレッチャー。自分の恨みを晴らすためにわざと違う曲を教えてステージで恥をかかせるって、「バンドとしての演奏が第一」でも、「教え子を成長させたい」でもない、単なる私怨のクズ野郎やんけ。言ってることとやってることが全然違うじゃん。強いて好意的に解釈するなら、学院をクビになって変わってしまったということなのかもしれんけど、その前に楽しそうにジャズバーでピアノ弾いてたのは何だったんだ。

 一方で指揮者の指示を全く聞かずひたすらドラムソロを叩き続ける主人公もどうなのよ 、ほかのメンバーも観客もドン引きじゃないですか。まあ確かに最後は二人だけわかり合ったのかもしれないけど、なんかいろいろ大切なものを置き去りにしてしまった結末のような気がする。

 最後の20分が評価されているらしいけど、個人的には最後の20分はなくてもいいんじゃないかと思いました。

 

正直言ってなんでこんなに評価されてるのかよくわからんかった:☆☆★★★

 

 

『セッション』

監督:デミアン・チャゼル

公開:2014年

主演:マイルズ・テラー

 

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