MENU

赤瀬川源平・東海林さだお・奥本大三郎 『うまいもの・まずいもの』

赤瀬川源平東海林さだお奥本大三郎

 2006 『うまいもの・まずいもの』 中央公論新社(中公文庫Biblio)

 赤瀬川源平(1937年生まれ・美術家)、東海林さだお(1937年生まれ・漫画家)・奥本大三郎(1944年生まれ・仏文学者)という、いわゆる「焼け跡世代」に属する三人組が繰り広げる食べ物鼎談三連発。1994年にいまはなきメタローグから刊行されたものを文庫化したもので、文庫化に際しては本文末に示した目次の通り、鼎談の内容を踏まえた4本のエッセイが追加収録されています。また鼎談部分は三つに分かれていますが、別な日に語られたというだけで特に連続性はなく、といって話題にもさほど明確な違いはないようです。

 

 いちおうテーマは食べ物となっているものの、本当なんだか思いこみなんだかわからない話はあっちに行ったりこっちに行ったり。戦中戦後の思い出話やら、趣味の話やら、今の目から見るとかなりセクハラまがいのことも平気で言っていて、酔っぱらった年寄りのヨタ話を聞かされている気分になりました。ただ非常に読みやすいので、このノリが大丈夫な人であれば楽しい時間ふさぎにはなるのではと思います。

 それと面白かったのは、この世代の人々にとっては愛憎入り混じりつつも「日本」という枠組みが確固とした拠り所になっているということ。「納豆は外国人の、日本に対する一種の忠誠度テストだね」(P64・東海林)とか、「日本人の場合は、……(自文化に)妙なコンプレックスがあるのかもしれない」(P123・奥本)といったように、現在のわれわれであれば「そもそも『日本』ってなんですか」と問い返しそうなところで、その枠組みに無邪気と言っていいような信頼を寄せている。90年代までは良くも悪くも日本なるものが知識人層にまで前提として共有されていたというのは、個人的にはなかなかの発見でありました。

  

 そして「メタローグ」という名前を見てピンときた方もいるかと思いますが、本書の仕掛け人は何を隠そうかの安原顯なんです。鼎談中では自己主張していないものの、「編者から、ひと言」という3ページの文章を1994年の段階で本書に寄せていて、正直言ってここが一番面白かった。ちょっと引用します。

 南京虐殺や朝鮮慰安婦に対して謝る暇があったら、日本国はまず、六十万人のシベリア抑留者(内六万人は餓死!)、中国残留孤児をはじめわれわれ国民のすべてに詫びるべきではないのかと、敗戦直後のひもじい時代を思い出すと、思わずむかつき、怒鳴りたくなってくる。

 なんとなく本書の破天荒さととりとめのなさ、そして日本というものに対するどこか捩じれたこだわりの一端がわかったような気がします。

 

 とりわけてお勧めする本ではありませんが、時代の雰囲気に興味があればぜひ。

 

目次

うまいもの・まずいもの

食の博物誌

日本を公告する

編者から、ひと言

中公文庫版特別付録 世界のうまいもの・まずいもの

イタリアは「うまい」も「まずい」も南北差あり タカコ・半沢・メロジー

やっぱりイギリスはまずかった? 甲斐美都里

フランスの味覚は背徳の官能に洗練された 伊藤文

番外編 「京都人」が感じる「東京のまずいもの」 甲斐美都里