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ジャック・ヴァンス『ノパルガース』

ジャック・ヴァンス

 2009(1966) 『ノパルガース』伊藤典夫()、ハヤカワ文庫SF

  

ノパルガース (ハヤカワ文庫SF)

ノパルガース (ハヤカワ文庫SF)

 

 

 ハヤカワ文庫SFの一冊として2009年に刊行された本書は、ジャック・ヴァンス1966年に発表した中篇の日本語訳です。なぜこのタイミングでこの作品なのかというのは、解説にも書かれている通り、ヴァンス再評価の機運に様々な偶然が重なったもののようです。それでもネットを見ると、敢えていまこの作品を訳した意義がよくわからないという評価が散見されますので、ここでは現代において本作を読むことの含意について私見を示すという形で紹介してみたいと思います。

 

 まずネタバレにならない程度にストーリーを紹介するならこんな感じでしょうか。異星人に助力を請われたある地球人の科学者は、あらゆる知的生命体の精神に取りつく不可視の汎宇宙的な生物ノパルの存在を知らされる。彼は地球の人間すべてに取りついたノパルを駆除するよう半ば強制的に依頼され、はた目には拷問器具としか見えない装置を用いて孤独な闘いを始める。そして……

 

 

 まずアイデアとして秀逸なのは、冷戦あるいは宗教のメタファーともいえるノパルの存在です。精神生命体であるノパルはほぼ不可視で不可触のため、取りつかれている人間も全くそれを意識することなく日常生活を営むことができます。ただしノパルはごくわずかだけ神経組織に作用することができるので、ノパルは取りついた人間に対して、ノパルを引きはがした人間をどことなく嫌悪感を抱かせるような敵として見せることができます。一方でノパルが取れた人間は、ノパルに住まわれること自体が不快なものと感じられます。したがって、ノパルがいる人間もいない人間もそれぞれが自分のあり方を正しいものとして確信し、互いを排除しようと激しい闘争を繰り広げることになるわけです。実は本書ではさらにもう一ひねりが加えられており、信念に基づいた他者排除の無根拠性と無為さが、ときにブラックなユーモアを交えて戯画化されています。

 

 また現在では、この物語を共生というテーマから読み直すこともできそうです。つまり、ほんのわずかな益と害を及ぼしながら近接して住まう(人間/非人間を問わず)他者を排除するべきか否か。たとえば一般的に害虫とされている他者を排除することが生態系のバランスを崩して思わぬ影響を招くという話や、あるいは軋轢を生みつつ経済に貢献する移民を受け入れるべきか否かといった議論は、本作の主題と驚くほど近いところにあるように思えます。そして本書の優れた点は、そもそも誰が他者であるか、どこまでが自己であるかというのも実は曖昧なのだということがはっきり示されている点でしょう。

 

 確かに舞台は主に地球だし、ヴァンスの作品としては小ぢんまりとした印象ですが、十分に現在的な問いを含んだ意義ある一作だと感じます。まあ最後の方でいきなり宇宙活劇化するのはご愛敬。